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『θは遊んでくれたよ』森博嗣
★★★☆☆
森博嗣さんのミステリィは、本から手を離し、お風呂に入るなどの間を置くと、事件の筋道（犯罪の方法）が見える。隠された愛憎、明かされていない因縁がないせいだろう。
ふっと距離を取ると全体が見えて、そこで事件が解決。
だからといって、残りを読むのが詰まらない訳ではない。
森さんの作品の魅力は、一見複雑そうに見える周囲の事象をシンプルに片付けていく、その文章にある。（私にとってはそうだ）
よって、この話を簡単にまとめるとこうなる。
読めば、「θは遊んでくれるよ」。
以上。
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『笑い陰陽師』山田風太郎
★★★★☆
徹底したシモネタ忍術話。
徹頭徹尾、話のネタが男性と女性のアレ（色事ではなく器官そのもの）である。
著者自身が忍法帖の最高傑作と評しているが、好みは別れよう。
だが、この話を「愉快、愉快」と笑って読めるか読めないかで、その人物の「度量」も推し量れるのではなかろうか。
バカバカしいまでのフィクションなのだ。
そんなに目くじら立ててどうする。
枯れるまで、いや、枯れてもなお、シモとヒトとは切っても切れぬ関係なのだ。
この本でもネタにしているが、特に男はアレ次第で簡単に盛り上がったり盛り下がったりする。
こんなおかしいネタを使わないで、何とする。
小説は、「笑い」を取るのが最も難しい。
と主張する作者の、確かに、これは傑作である。（余談ではあるが、私が山田風太郎氏の作品で傑作だと感じるのは、明治ものである）
そして、山田風太郎氏のらしさは、このお笑い話でも消えていない。
（私が読んだ限りでは）彼が書く物語の主人公達は、決して「権力に媚びない」。
いっそ、清々しいとまで思えるラストは、正に、山田風太郎作品。
適度に「オトナ」な方に、１度は読んでもらいたい話である。
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『私の修行時代』 コレット
★★★★☆
文庫本の表紙には、剥製のライオンの頭部に上体を載せた女性の写真。
この女性は、恐らく作家のコレット自身であろう。
彼女の名は聞いた（見た）ことはあったが、実際に書いたものを手にして読んだのは、今回が初めてである。
彼女の回想録。
２０〜３０代のゴーストライター時代を綴った作品である。
ベル・エポックの時代。
作家が少なかりし時代に書かれた作品によくあることなのだが、彼女の人生が、かなり「世間に知られた」状況を前提として書かれている。ので、彼女の背景に付いて「全く無知な人間（＝私）」が読むのは、なかなか大変であった。
年を取ってからの、回想録や自伝は何かと「あけすけ」になりがちである。
特に男性作家はそうだ。
では、コレットはどうか。
夫のゴーストライターとして、軟禁生活に近い環境に２０代の大半を犠牲にしたフランス女性は。
６０代の彼女は、「節度」を持って回想録を書き上げている。
（彼女をゴーストライターにした）元夫を含めて、周囲の人々の有り様を彼女は適切に表現しながら、しかし、直接的な言葉は避けて、上手く彼らの本性を見せつつ、相応しい舞台衣装をまとわせている。
本質を突きながら、見栄えを、体裁を崩さないのだ。
まことに、装いを忘れない、女性らしい文章である。
彼女の作品を読んだことはない。
これからも読まないだろう。
この回想録で、彼女の作品への関心を抱きはしなかった。
だが、この回想録は良い。
けだるいくうきをさらにけだるく。
梅雨時に案外合うのではないだろうか。
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『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』 米原万里
★★★★★
昨日の訃報を受けてから、「米原万里」に関する情報を求めてネット上を猛ダッシュで徘徊。
『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読んでいないことに気付き、今日、仕事帰りに購入して、さっきおよそ２時間で読み終えた。
小説『オリガ・モリソヴナの反語法』同様、作者のプラハ・ソヴエト時代をベースにした、これはノンフィクションである。
１９８０年代から１９９０年代にかけて、社会主義は自ら「理想の」共産主義を破壊した。
内実を知れば知る程に、あの瓦解は＜当然＞の帰結と思えるが、そこに見えるのは社会主義の脆さではなく、人間の呆れた姿である。
人は、自己保身に走る時が最もおぞましい。
親や国の都合で、「主義」に付き合わされた少女たちは、その後どうなったか。
同じく親の事情でプラハのソヴエト学校に通った作者は、社会主義体制、そして、ソ連崩壊後の同級生らの行方と安否を尋ねて回る。
ギリシア人リッツア。
ルーマニア人アーニャ。
ユーゴスラビア人ヤスミンカ。
捜し回る過程もスリリングで楽しませてくれる。
なので、安否は書かない。
適度な近・現代社会事情の一般常識を知らないと「？？」な箇所もあるだろうが、少女時代を共に過ごした友との思い出と再会は、胸を打つ。
特にプラハ時代の描写は素晴らしい。
作者は少女時代の友と彼女を、卓越した描写力で目の前に現出させる。
寒いプラハで頬を赤く染めて白い息を吐く彼女達の姿が、容易く思い描ける。
少女の頃、リッツアは「おませ」で、ターニャは「嘘つき」で、ヤスミンカは「クール」だった。
では、今は…。
３人の未来は、＜政治＞に大きく左右されている。
そう、＜政治＞は遠いようでいて、ふとした隙に強烈に人の頬を張り倒す化け物だ。
『嘘つきアーニャ〜』は、ノンフィクションの友情物語でもありながら、近代史、政治をも内包する。
凄腕の教科書にもなりうる５つ★作品だ。
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『蛇女の伝説』 南條竹則
★★★☆☆
米原万里さんの訃報にぎょえ〜となった後、慌ててひいきの文筆家さんたちの現状を調べた。
調べたのは南條竹則さんと鹿島茂さん。お２人とも御存命でした。（良かった良かった）
私はこのお２人を作家というよりは、文章の砕けた素養ある学者として認識していたのだが、今回、読んだ本で、南條さんが作家を「本業」にしたと知った。
南條さんの『酒仙』は好きだが、他の作品は（今のところどれも）「……」なので、これからも小説よりは文学散歩系を贔屓にしていくつもりだ。
で、この本。
『蛇女の伝説』〜「白蛇伝」を追って東へ西へ〜。
副題が全てを語っている。
蛇が変化した女性の話はどこにルーツがあるのか？
を探って、作者の筆は西へ東へと駆け回る。
東洋にも西洋にも同じような蛇→女性変化潭があるのはどうして？
蛇の本性が明かされる筋も似ているのは何故？
作者は、過去の研究書を引用しつつ、最終的には独自の仮定的結論に至る。
確かに、古代文明の大本を突き詰めようとしても、そこに行き着くだろう。（と私は思っている）
学者先生らしい書き様（類例が多く並ぶ）なので、多少眠くなるが、まあ、楽しい読み物である。
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『寿宴』 南條竹則
★★★☆☆
同じ作者による『満漢全席』の続き。
作者がファンタジーノベル文学賞で得た賞金を全部＜満漢全席＞に投じたのは、割と有名な話だ。というか、満漢全席を食べるために文学賞に「応募して」賞金をゲットしようと目論んでいたのも、知られた話だ。
当人自らそれを公表して、中国まで＜満漢全席＞を食べに行ったくだりをネタにした『満漢全席』という本を書いている。
そして、尽きぬ食欲は更なる＜満漢全席＞を求めて、再度、中国へと乗り込む。
最後に１つ短編小説（それも食ネタ）がある他は、全て食い物に関する記述だ。
いや、そうではない部分もあるのだが、最終的に行き着くところは結局食べ物なので、読後に残るのは幻の紹興酒だとか、凄い数の点心だとか、よくこれだけ食べられるなあという感想で。
それに尽きる作品なのだ。
あ、あと、冒頭にある中国の日本たたきに作者の＜満漢全席＞が利用されたのは、残る。それに関して、サンケ○のニュースソース確認がいい加減だったのと、東スポが全く確認もせずに大嘘報道したは覚えておくべきだろう。
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『読んだ、飲んだ、論じた』 鹿島茂 福田和也 松原隆一郎
★★☆☆☆
飲んだ、の部分がないな。
タイトルにこうあるなら、やはり飲みつつ、おおっと酒で口が滑ったぐらいの書評であってほしかった。
紹介されている本には偏りがあり、経済・文芸・文化分野の適度に名の知れた本を取り扱っている。
この書評本を読んで読みたくなった本は…、あったような気がするが、思い出せない。（印象が薄いということだ）
３人の言でだいたい「雰囲気」と「主張」が掴めるせいだ。
せい、というより、お陰かな。
私が本を読む動機は、その「雰囲気」と「主張」にある。
これで、あれとあれとあれは読まないでいいや。
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『幻想秘湯巡り』 南條竹則
★★☆☆☆
これを読んで、行きたくなった温泉がメジャーな『修善寺』であるのは、「秘湯」のタイトルを裏切っている気がする。
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『泣き虫弱虫諸葛孔明』 酒見賢一
★★★★☆
子供の時に、えぬえちけい教育で放送していた三国志の人形劇をたまに見ていた。
子供心に、私は劉備や関羽、張飛、孔明を「愉快な人達だ」と思っていた。
が、その後、あちこちで取り上げられる『三国志』に、同じような「愉快」なものはなかった。山とある『三国志』取り扱い物件の中で、私が手に取ったのは、白井恵里子著『ＳＴＯＰ！劉備くん』くらいだ。（他のはどれ１つもアンテナに引っ掛からなかった）
そんな中、久々に私の受信機をピピッと反応させた三国志ものが、これ。
『泣き虫弱虫諸葛孔明』。
えらいぞ、受信機！よく拾った！
内容はタイトル通り「孔明」を取り扱っている。
私のカッコ良い基準は伊能忠敬さんなので、別段「孔明」に対してはこだわりもキャーというミーハー心もない。名の知られた軍師程度の認識しかなく、どの程度の軍功があったのかも知らない。
なので、『泣き虫弱虫〜』で私の諸葛孔明像はようやく形をなした。
ああ、孔明ってこういう人なのね。
と具体的に把握できたのだ。
作品に書かれる腹黒というか宇宙色孔明さんのイメージではない。
作者がところどころでツッコミを入れる『三国志』への「説明＆解釈」から出来上がった孔明像だ。
孔明は、世間で言われているほどじゃない。
世間の評は、つまるところ偶像で、ありがちな誇張。
よって、別段、（面白い人ではあるが）軍師として評価するには値しない。
見るべきは、そんなに偶像がでかくなってしまった「背景」である、と。
（つまり、義経や西郷と同じパターンだな）
まあ、こんな少数意見はさておき。
この作品は愉しいので、お薦めだ。
『泣き虫弱虫〜』の孔明はこんな人だ。
「なんとなれば、わが妻になれなかった女子が可哀想だからである。わが妻になる女は天下一の果報者であり、否、宇宙一の幸福者となる運命なのだ。そなたほどの仕合わせ者はこの世にはおるまい。自分ながらそなたの身が羨ましくて仕方がない。この孔明が感極まった涙を許してくれい！」
どうも本気で言っているらしい。
ちなみに劉備はこう。
かの「桃園の結誓」以来のことだが、劉備は芝居がかったことを自然にこなし、ときどき本気になってしまったりして、おおいに己の気合いを入れ直すのである。そんなことだから、『三国志』でさんざんネタにされてしまうのだ。もう、徐庶も慣れて、最初は馬鹿馬鹿しいと思っていたが、近頃は愉しみというか、劉備、関羽、張飛のけれんに満ちたコントにやみつきになってしまっている。
あの関羽もマトモな人間ではなく、張飛は言う間でもない。
そして、彼らをしのぐ宇宙住いの諸葛孔明。
普通に英雄らしい彼らが好きな人達が読んだら、何じゃこりゃ〜！と憤慨（驚愕）のあまり出血してしまった己の血を掌に擦り付けて、作者の目の前に突き出すであろう、話だ。
しかし、この作品こそが、正確に『三国志』を解釈しようとして苦心惨憺（笑）の末、出来上がった素敵な小説である！（言い切った）
そもそも『三国志』自体がおかしな内容なのだ。
そこから、フツーのありがちなヒーローを創作してきた今までの方がおかしい。（私的には）
分厚い本だが、「三顧の礼」までしか載っていない。
続きは、まだどこの雑誌でも書かれていないようだ。（訂正：また前と同じ「別冊文芸春秋」で連載が始まっているようだ）
私が腹に飼う飢えた笑い虫のために、続編を切に切に希望する。
（今度『泣き虫弱虫〜』を見掛けたら買いますので、どうぞヨロシク〜。←今回は図書館で借りた）
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『砂漠の女王』 ジャネット・ウォラック
★★★☆☆
副題：イラク建国の母ガートルード・ベルの生涯
結婚をしていない３０代の女性が読んだら、身につまされる内容だろう。
死した後、彼女は望み通りの「ひとかどの人間」になったが、彼女は切望し続けた女性としての幸福をついぞ得られなかった。
ヴィクトリア朝時代の良き妻、良き母、になるには、彼女は鼻っ柱が強く、高学歴過ぎた。
魅力ある男性との出会いはあったが、どれ１つとして実らず、彼女は、当時の女性が理想とした家庭を持てないのを嘆き、哀しみ続けた。
その穴を埋めるために、彼女は高山に昇り、砂漠を旅し、名声を欲した。
東方についての著作を書き、政府のために働き、イラクの母となった。
そう、今のイラクの大本をつくり出したのは、彼女だ。
彼女は砂漠を渡り、あらゆる部族と友好を結んだ。
凶悪と恐れられる部族にも、襲われる前に相手を尋ね、庇護を求め、アラビア語で彼らと対等に話した。
第１次世界大戦後、大英帝国は「石油」のために中東を欲した。
石油のある場所には、大英帝国に友好的な国家が必要となった。
彼らはシーア派、スンニ派、クルド人が混在する国「イラク」を作り上げた。
ガートルードは、その建国に大いに貢献した。
そうして、今のイラクがある。
彼女はアラブ人の友人がたくさんおり、英国よりも砂漠に安らぎを感じていた。
英国の男達は彼女を受け入れない。
その能力を認めない。
だが、砂漠の男達は、彼女を対等に扱った。
彼女は、果たして、大英帝国のために「イラク」を作ったのか、それとも親しいアラビアの友人たちのために奮闘したのか。
実のところ、読み終わっても分からなかった。
彼女の父親は石炭と鉄の王だった。
お陰で彼女も上流階級に属し、オックスフォードにも通えた。
だが、イギリスの鉄鋼は第１次世界大戦ととも力を失い、父は没落。
ほぼ同時期にガートルードも中東での影響力を失う。
大英帝国自身にも翳りが出始める。
大英帝国が凋落を迎える前に、彼女は舞台を降りる。
未だ真相は謎とされているが、この本が描く通りの最期であったと、私も思う。
結婚、出産、家庭。
それらを得て、ようやく１人前の女性として扱われる時代に、彼女はそれらが持てなかった。
代わりに、彼女は中東で活躍したが、代償は、彼女を癒しはしなかったようだ。
愛に渇く『砂漠の女王』ガートルード・ベル。
あなたの「イラク」は、今も混沌と渇いています。
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