◆第三十一話「飛べ屋島へ」◆
屋島へ行くまでと梶原さんとの対立にまるまる1話を費やすとは…。
<大筋>
平家追討の総大将を任命された義経は、屋島に陣取った平家の背後をつくべく、摂津から屋島へ渡ろうとする。戦目付の梶原景時は、摂津から阿波へ少数で向かおうとする上に、逆櫓を付けようとしない義経と対立する。無謀である、と。だが、義経は敢えて嵐の中、船を出す。四艘の船に乗った一五〇騎の武士達は、荒波を越えて阿波へと向かった。
→無謀
一の谷の逆落しでのそうだったが、基本的に義経の戦法は「無謀」である。無謀を冒して、相手の隙を突く、という戦法を彼は得意とした。この時も、敢えて風雨の強い時に出航したため、通常三日かかる航路を約四時間で済ませた。平家物語には、義経が渡航を渋る船乗りを「やらねば殺すぞ」と脅して船を出させたとある。
義経は郎等らを危険な目に遭わせると言っていたが、彼の戦法は毎度家来には大きな負担を強いる。鵯越えも、この阿波への出航もしかり。失敗すれば、命はないのだ。ドラマではその無謀の理由を頼朝への忠義としているが、前の任官云々における義経の勝手を見ていると、説得力がない。景時も指摘していたが、義経は先祖伝来の土地を持たない。頼れるのは、兄頼朝との父を同じくする兄弟としての「つながり」と己の力量だけ。力量を証明するためには、勝つしかない。また、義経は勝手な任官で兄の怒りを買っていた。だからこそ、彼は身を捨てて「無謀」な作戦を決行したのだろう。
次回の都合で、やたらと出番が増えている佐藤兄は義経の無謀を応援していたが、本来の義経はあんまり郎等のことを考えないタイプだったんじゃないかなあ。無謀な作戦を思い付き決行する大将は、家来との信頼が厚いか、もしくは、家来を軽く見ているかのどちらかだ。当然ながらドラマの義経は前者だ。でも、本来の義経はきっと…。(この点に関する考証はまたいづれ)
→焼津と瀬戸内
え〜、瀬戸内は確かかなり難所が多くて、そのせいで、地元の船乗りが「海賊」となって、船の先導をする代わりに金品を強要していたハズ。そんな難所を非地元民の焼津の船乗りが乗り越えられるとは思えない。義経家来の活躍って、毎度ご都合主義の少年漫画のようだ。
→静
毎度毎度、先読み能力に長けた台詞を言うのは、常盤様でも乗り移っているせいでしょうか。白拍子の格好をしていても、白拍子に見えないのだから、普通の小袖姿だと本当に町娘だ。あれで、本当に売れっ子白拍子だったんだろうか…。
→梶原景時
この義経と景時の対立が後々頼朝と義経の不仲につながるから、1話まるまる使ってじっくり見せたんだな。義経の異能ぶりより「無謀さ」が目立つ演出だった。弁慶が喰ってかかっていいような相手ではないのに、やたらと口出しをして偉そうなのが気にかかった。
→次回「屋島の合戦」
出た、タッキーの片割れ。ゴマキさん、この扇を射よ、のためにわざわざ平家方にいたのか。成る程。
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