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◆第三十五話「決戦壇の浦」◆
予告で張り切っていた割には。
イマイチ。
というたった一言で十分な内容だったと思うが、まあ、もうちょっと感想を頑張ります。
<大筋>
三月二十四日、壇の浦の合戦が始まる。当初は潮の流れもあり、平家方が有利に戦いを進めるた。だが、昼過ぎに潮の流れが変わり、義経が水手、梶取を狙わせ、また熊野水軍の裏切りによって、形成が逆転。最早、これまで、と平家方は女子ともども皆、入水し、平家一門はここに滅びる。
→妹
やはり、天皇生き延び作戦に使われました。が、ここで安徳天皇を生き延びさせて、今後どう話に使うつもりなのか。別に意味なく生き残ってもなあ…。
→範頼
やっぱり、出番はちょっとだけだった。
→義経八艘飛び
八艘飛んでなかったよね…。てゆーか、金粉が散っていたのに、きちんとああいう理由(砂金入りの袋を喜三太が投げる)を用意しておくとは。でも、どうして、戦場に砂金なぞ持って来ていたんだ?周辺の水軍を懐柔するためか?
→宗盛
今更思い出したように、死に損なう、「へたれ」なところ見せられてもなあ…。ここのところ、すっかり存在を忘れていたよ。「へたれ」を「へたれ」らしく見せたいなら、もっと徹底しなくちゃ!
→知盛
正直、独壇場。
義経より目立っていた。
眼力ありありで、カッコ良かった。
見せ場たっぷり。
はっきり、今回の主役でした。
→義経
水手、梶取を射させた以外には、さしたる活躍なし。
八艘飛びだって、「逃げた」だけだしな。
水に飛び込んだ女達を引上げよ、って怒鳴っているだけじゃなくて、本当に優しい人間なら、自分で鈎のついた棒を持って、八艘飛びをしているよ。この義経、どうにも優しさが中途半端。
→壇の浦の合戦
人と赤旗が虚しく海に浮いている絵は、本当に船戦っぽくって良かった。
だが、全体として、戦いの行方も分かりにくかったし、シーンとシーンが所々でぶっ千切れて、緊張感が続かず、演出としては、へたくそであった。特に不味かったのは、時子が平家女性陣と死ぬ覚悟を話す場面。
いくら扉を閉じたからって、戦の音や声が聞こえなくなるのは頂けない。矢すら飛んで来ないのは、おかしい。危機感がとても薄れた。てゆーか、あんなに悠長に話していたり、飛び込んでいたら、いくらこの時代の船の足が遅いったって、飛び込む前に間に合いそうだぞ。
で、且つ、あれで平家が滅びたという悲壮が全然感じられなかった。予告を見た時は期待したんだがなあ。何が悪かったんだろう。やっぱ、↓これかな。
→時子
あなたが何をしたいのか、全くもって不明です。
安徳天皇を生き延びさせるために、親王を天皇扱いして別の船に乗せたんでしょう?だのに、何故、心細いからって、同じ船に乗るんですか?戦の最中にそんなことしたら目立つでしょう。
壇の浦の戦いがタルくなったのは、正直あなたのせいです。時子様の見せ場のために、戦闘シーンが寸断、寸断、されること甚だしかったです。
飛び込む平家方の女性にスポットを当てるのは構いませんし、飛び込む際の表情は確かに素晴らしかったですが、あんまり悲惨には見えませんでした。あんなに整然と並んで飛び込まないで、矢に追い立てられて、とか、兵士に追われて、とか、そういう見せ方があったんじゃないだろうか。
→次回「源平無情」
能子さんは、これで出番お終いだな。で、何のためにいたかと言えば、多分、虐げられても平家の娘として最後まで一門と一緒にいこうとする健気さを見せるためだったのだろうが。結局、生き延びているのでは、意味がない。
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